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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)52号 判決

原告 鈴木秀雄、徐秀雄こと 前田秀雄

〈ほか二名〉

右原告三名訴訟代理人弁護士 稲葉隆

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人 持本健司

同 川満敏一

主文

一  原告らはいずれも日本国籍を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告)

主文と同旨

(被告)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(原告らの請求原因)

一  原告前田秀雄は、昭和一八年九月二二日東京都大田区東六郷一丁目三七番地において、昭和一四年頃からすでに内縁関係にあった徐幕同と亡前田シゲとの間に出生した者である。

二  徐幕同は朝鮮に、前田シゲは日本内地に戸籍を有していたものであるところ、両名は原告秀雄の出生当時婚姻届をしていず、徐幕同は原告秀雄を認知していないので、原告秀雄は、旧国籍法三条(現行国籍法二条三号)によって母の国籍たる日本国籍を取得した。

三  原告秀雄は、朝鮮戸籍令の適用を受けて朝鮮戸籍に登載されたこともないから、日本の国籍を喪失していない。

四  しかるに、原告秀雄については徐幕同が韓国人であったためか昭和二二年九月二九日、国籍韓国、氏名徐秀雄として外国人登録がなされているが、原告秀雄は前記のとおり日本人であるから本訴請求に及ぶ。

五  原告秀雄は、昭和四二年九月一九日大木芳子と婚姻し、原告前田亮弘は昭和四五年五月一八日、原告前田一道は昭和四八年四月二五日いずれも原告秀雄と大木芳子との間に生れた者であるところ、原告秀雄は前記のとおり日本人であるから、原告亮弘、原告一道はいずれも国籍法二条一号により日本人である。

六  しかるに、原告亮弘、原告一道の両名は、父原告秀雄が韓国人として外国人登録をしていたところから、昭和四八年五月二二日国籍韓国として原告亮弘については氏名徐亮弘、原告一道については氏名徐一道としていずれも外国人登録がなされているが、前記のとおり日本人であるから、本訴請求に及ぶ。

(請求原因に対する被告の答弁)

一  請求原因一ないし三のうち、徐幕同が朝鮮、前田シゲが日本内地に戸籍を有していたことは認めるが、原告秀雄が日本人であることは争う、その余は不知。

二  同四の原告秀雄が外国人登録をしていることは認める。

三  同五のうち、原告亮弘、同一道が日本人であることは争い、その余は不知。

四  同六の原告亮弘、原告一道が外国人登録をしていることは認める。

(被告の主張)

仮に原告秀雄が前田シゲの実子であるとしても、原告秀雄は、なく外国人と認められるべきものであり、本訴請求は棄却を免れない。

一  原告秀雄の外国人登録は、旧外国人登録令、旧同令施行規則に基づくものであるが、同令施行規則三条が「市町村の長は、令第四条第一項、第七条第一項、第八条第一項又は附則第二項の規定により登録の申請を受けたときは、申請事項を審査し、その真実であることを確認した後でなければ登録することができない」と規定し、実質審査を明記していることから明らかなように、右外国人登録を受けた原告秀雄については、当時その身分関係については、戸籍簿、寄留簿等による実質的調査が行われ、その結果原告は外国人であると認められたものであることを推定することができる。しかも原告秀雄は、その後長年にわたり、異議なく登録更新を行ってきたものであるから、原告秀雄において右登録の経過を明らかにし、かつ登録の誤れる所以を明確にするのでなければ右推定は破れることはないというべきである。

二  原告秀雄の児童指導要録は、かつて原告秀雄が在籍した六郷小学校作成のものであり、その記載によると、原告秀雄の本籍地は朝鮮とされ父正雄・母シゲとなっている。

ところで、右児童指導要録は、昭和二二年五月二三日文部省令第一一号三〇条により市町村教育委員会が戸籍簿・寄留簿及び主食配給台帳を資料として作成する学令簿に基き作成されるものであり、右指導要録の記載は結局戸籍簿・寄留簿等の記載に従ったものということができる。

三  以上述べたように、原告秀雄は、外国人登録においても児童指導要録においてもその本籍地が朝鮮と記載されており、右記載は、戸籍簿、寄留簿等の記載に基づくものと推定されるので、昭和二五年一二月当時原告秀雄は朝鮮戸籍に登載されていたか、登載されるべき地位にあったと考えられ、その原因としては、原告秀雄につき、徐幕同から庶子出生届がなされた場合が考えられる。

この場合には、届出事件本人の本籍地又は届出人の所在地(旧戸籍法四三条)の市町村役場に右届出がなされ、その届出がなされた場合は寄留簿に登載されるとともに右届出書は徐幕同の本籍地である朝鮮へ送られ朝鮮戸籍に登載される建前になっていたのであるが、原告秀雄の主張によると原告秀雄につき朝鮮戸籍に記載は現存しないというのであるから(終戦前後の混乱状態から右届出が朝鮮に送付されなかったり、送付されても戸籍に記載されなかったものと推測される)、原告秀雄の外国人登録や児童指導要録の記載は寄留簿によったものであり、原告秀雄は朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあったものと推察されるのである。

おって寄留簿は、寄留法廃止と同時に廃棄され現存していない。

四  右に述べたとおり原告秀雄が日本国籍を有しているとは認め難く、したがって仮に原告亮弘および原告一道が原告秀雄と訴外大木芳子の嫡出子であるとしても、原告亮弘および原告一道が日本国籍を有するものとは認められず、その主張は失当として棄却されるべきである。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  原告らの主張によれば、原告秀雄は昭和一八年九月二二日、朝鮮に戸籍を有する徐幕同と日本内地に戸籍を有する前田シゲとの子として出生したものであるというところ、徐幕同が朝鮮に、前田シゲが日本内地に戸籍を有していたことは当事者間に争いがないから、原告秀雄が現に日本国籍を有するためには、原告秀雄が前記主張の頃、その主張のとおり徐幕同と前田シゲとの子として出生したものであって、法律上徐幕同の子となっていないことおよび原告秀雄が、平和条約発効時において朝鮮戸籍に登載されていず、かつ法律上内地戸籍から除かれるべきものでなかったこと、すなわち内地人たる法的地位を失っていなかったことを要するものである(最高裁判所昭和三六年四月五日判決民集一五巻四号六五七頁、同裁判所昭和三七年一二月五日判決刑集一六巻一二号一六六一頁)。

二  ≪証拠省略≫を総合すると以下の事実を認めることができる。

徐幕同は韓国全羅南道陽郡出身の韓国人(大正元年八月二〇日生)であるが、昭和二年頃来日し、東京都大田区東六郷に居住し、日本名を鈴木正雄と称して古鉄業を営んでいたところ、昭和一四年頃、知人の紹介で前田シゲと挙式のうえ同居し、内縁関係を結ぶに至った。そして、前田シゲは徐幕同との同棲後三年半以上経って徐幕同との間の子である原告秀雄を懐胎し、昭和一八年九月二二日出産した。原告秀雄の名は徐幕同が命名したものである。ところで、徐幕同は、事業以外のことについては一切を前田シゲに委ねていたため原告の出産届ないし認知届等について何ら配慮することがなかったのみならず、一方、前田シゲも、日々の生活に追われて昭和四七年九月に至るまで原告秀雄の出生届をすることについて全く忘失してしまっていた。

以上の事実が認められる。

被告は、原告秀雄については外国人登録および児童指導要録において国籍が韓国あるいは本籍地が朝鮮と記載されているところ、右記載は戸籍簿か、あるいは少くとも寄留簿の記載によったものであり、戸籍簿、寄留簿の記載は徐幕同から庶子出生届がなされていたことによるものと考えられるから、原告秀雄は朝鮮戸籍に登載されていたか、あるいは少くとも右戸籍に登載されるべき地位にあったものと推察される旨主張する。

そして、≪証拠省略≫によれば、原告秀雄が昭和二二年九月二九日外国人登録をなして以来、現在に至るまで登録更新をなしているのであるが、右登録には国籍が韓国と記載されていることおよび≪証拠省略≫によれば、被告主張のとおりの本籍地の記載のある東京都大田区立六郷小学校の児童指導要録の存在することが認められる。

しかしながら、原告秀雄が朝鮮戸籍に登載されていた証拠はまったくなく、また寄留届をするためには庶子出生届をすることが要件とされていたわけのものでもないから、外国人登録および児童指導要録に前示のような記載があるからといって、右の記載から庶子出生届がなされたとの事実を推定することは相当ではなく、したがって原告秀雄について出生届ないし認知届がなされていないとの前示認定事実を覆えすには足りないものというべきである。

他には前示認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の次第で、原告秀雄は昭和一八年九月二二日日本人であること当事者間に争いのない前田シゲの子として出生した者であり、事実上の父は徐幕同ではあるが、当時同人と前田シゲとは内縁の夫婦関係にあったにとどまり、かつ、現在に至るまで徐幕同が原告秀雄について認知届ないし庶子出生届をなした事実はないから、帰するところ、原告秀雄は出生時から今日に至るまで亡前田シゲの非嫡出子である者というべきである。

そうだとすると、旧国籍法三条の規定により、原告秀雄は日本の国籍を取得し、かつ平和条約の発効によっても右国籍を喪失することはないものと判断すべきである。

三  ≪証拠省略≫によれば、原告秀雄は昭和四二年九月一九日大木芳子と婚姻し、原告亮弘は昭和四五年五月一八日、原告一道は昭和四八年四月二五日いずれも原告秀雄と大木芳子との間の嫡出子として出生したことを認めることができる。

ところで、前示認定のとおり、原告秀雄は日本国籍を有する者であるから、その嫡出子として出生した原告亮弘および一道がいずれも国籍法二条一号により日本国籍を取得したものであることは明らかである。

四  よって、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 山下薫 飯村敏明)

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